
バスは8時半の発で、まぁ、前の日宴会とかで飲んだくれたわけでもない私ら、案外まともに集合でき、バスが発車しました。
宿のヒトも気ぃ利かせており、「またんめんそーれ」(またおいでませって意味合いらしい)の垂れ幕をもって見送ってくれました。
バスは、確実に駒を進め、沖縄南部は、琉球ガラス村に到着しました。ここは、琉球ガラス工芸のとこで、糸満焼きという焼き物もあるそうです。
ガラスは、まぁ、結構有名なハナシですが、何百度もの高熱でガラスを溶かし、コレを熱いまま加工していくのがおしごと・・・少し遠目に見ていてもかなりあつい工房、やってる方々はすっげ〜暑いことと思います。
ところで、この「琉球ガラス」、ガイドさんのはなしですと、歴史そのものはそんなに古いモノではなく、戦後、米軍が捨てていったコーラやサイダーなどのビンを加工して使用したところが始まりだとか・・・
で、おやくそくのおみやげ品屋、琉球ガラス細工がメチャクチャいっぱいあるわけですが、コレ、どう見ても、ウチ用に買っていってもなんか違いそうだし、かといって、買っていってやると喜びそうな・・・相手もなく(自爆)、まぁ、ほとんどヤジウマになっちゃいましたが、泡盛の琉球ガラス瓶のヤツを1つ購入・・・
その後、そこからすぐの所にある、ひめゆりの塔と、ひめゆり平和祈念資料館に行きました。
ひめゆりの塔は、あまりにも有名すぎるので、ココでのネタ振りは、私の無学を宣伝するようなモンですが、今思えば、あまりにも虚しい戦争のために、なるべきでない沖縄の若い女性たちがこの犠牲になったという弔いの意味合いの碑であるような気がします。
そして、その塔の奥に、ひめゆり平和祈念資料館があります。
ガイドさん、添乗員さんとも、是非入って見学して欲しい・・・というトコでした。
ココは、まさしく、戦場と化してしまった沖縄の悲劇を描いた場所であり、もう2度とこんな事があってはならいという訴えがひしひしと感じられました。
ところで、この資料館、ナニがすごい・・・というと、まず、運営しているのが、当時、その現場に携わっていた方々であり、その人たちが交代で、説明もやっているということでしょう。
丁度、中を通っているトコで、おかぁさんが「説明しましょうか?」と、案内してくれたんですが、それが、その、「ひめゆりOG」の方でした。
その場では、「南風原(はいばる)陸軍病院」という所の説明だったのですが、この「病院」、病院とは名ばかりで、単なる「豪」なんですね・・・その、「穴ボコ」に、木で組んだベットを支度し、治療などをしていたそうなんですが、当然、戦争の最前線、物資の補給などもろくになく、重症の患者も多く担ぎ込まれるんですが、治療の手段があまりなかったとかで、大変だったそうです。
しかも、動けるヒトならいいです、動けないヒトは、それこそ「シモ」の世話もしなければならないんですが、間に合わなかったりすることも結構あったり、中でなくなってしまうヒトも結構おり、この「病院」という「豪」では、ヒトの体臭、排泄物、死臭などで、ものすごく劣悪な環境だったと言う説明を受けました。
その後、この戦場から、生きて帰ってこられた女性方の証言の本・・・レポートがありました。 大きな部屋に大きな本の形でおいてあったのが結構な数ありまして、読んでいるウチに、発時刻の10分前になったので、1つだけ読んで撤収になってしまいましたが、一つ読んだだけで十分とも言える内容でした、そのくらいには、戦場は悲惨・・・とはっきりと言えるモノでありました。
よく、沖縄の観光というと、まず間違いなくこの「ひめゆりの塔」に行くようになるのですが、それだけ、沖縄の人々は、あの戦争でいかにワリを食っていたか・・・そして、いかに戦争が悲惨なモノであるのか・・・コレを本土の人々に訴えなければならないんだろうなぁ・・・と、しみじみ痛感しました。
なお、この「ひめゆり平和祈念資料館」、建造にあたって、国や県など、役所の援助は全く受けなかったとかで、最初、いわゆる「大日本帝国軍」がアジアへ攻めに行ってる事を「侵攻」と書いてあり、ずいぶん思い切った表現するよなぁ・・・って思っておりました。
で、ひめゆりOGの方の説明を受けてる際、そのハナシもあり、いきなり納得しました。だから、ある意味、役所の変なツッコミがない分、いかに、「切に平和を祈っているか」すごくわかるモノであります。
そして、そのOGの方、少ししつこいくらいのノリで、「戦争は、本当に悲惨なモノである、平和は本当にすばらしいモノですよ」と力説しておりました。
しつこいくらいのそのおはなし、逆にいかに悲惨な境遇におかれ、本人の意図しないところで戦場にかられ、不本意な死を見てきているか、感じるモノがありました。
その後、平和祈念公園へ移動し、見学しました。ノリは、「宇宙戦艦ヤマト」の「英雄の丘」みたいな感じでしょうか?
この、沖縄最南部は、まさしく、沖縄の「最後の戦場」であり、とてつもない数の人々が亡くなった場所でもあるそうです。
ただ、ココは役所主導の場所でしょうし、資料館もあるそうなんですが、表現はひめゆり平和祈念資料館ほど強烈じゃないのかな?・・・って気もしますが、見てないモノにあまりコメントはすべきではないですね(笑)
で、そのあと、「玉泉洞王国村」に行き、昼食をとりました。
ココで「沖縄そば定食」が出ちゃったんですね・・・しまった、前の晩にソーキそば食っちまったぁい・・・
今回は、ラフティそばでしたが、まぁ、ほとんど変わりませんね(笑)
ちなみに、ソーキも、ラフティも、基本的には「ブタの角煮」なんですが、ソーキは骨付き、ラフティは骨なしになります。
私は、この、沖縄そば、結構気に入りましたが、メンバーのウケは今ひとつでした・・・
食後、外に出ると、ステージの方で、沖縄民謡が鳴っている・・・
見に行くと、「エイサー」という 踊りの練習をしてました。
若いアンチャンが一所懸命やってるんですよ・・・しかも、おそらく将来本番で出るんでしょう・・・踊っているときの表情も大事なようで、すごくさわやかそうに踊っている・・・
そのうち、師匠らしきヒトが、踊りの指導をしたりもしておりました。
まだ、時間ありそうだし・・・って「玉泉洞」に入ってきました。
どうも、昨今、洞窟関係は、カールスバット洞穴(世界最大級の洞窟:アメリカ紀行記参照)に行っちゃった経験上、感じるモノが弱いんです・・・
というわけで、洞窟そのものには、大きな感動はできなかったのですが、反面、来てるヒトの印象が強かったです。
こう、会話が中国語なんですよ・・・
台湾からのヒトがかなり来られてるようで、コレは、1日目の宿からそういう印象はあったんですが、今回の「玉泉洞王国」に関しては特にそのイメージが強かったのです。
なにせ、まわりの会話が根こそぎ中国語でしたし・・・
その後、先ほどのステージに行くと、なんと、「エイサー」がたけなわになっておりまして・・・(笑) 急いで見に行くと、かなり盛り上がっておりました。
ココのエイサー、2日目に見ました「琉球村」のそれと比較しても、かなり規模がでかく、人数が多かったです。
さて、私が見ることができた時点では、かなりあとの方だったようで、リーダーらしきおねぇさんが、いわゆる、一般的な「沖縄の踊り」を伝授してくれました。
よく、テレビで見る、「盛り上がるとみんながやっちゃう踊り」ではなかろうかと思っているんですが・・・
男性の場合、拳を握り、女性の場合は手ぇを開いた状態で頭上にあげ、リズムに合わせてそれを左右に振る・・・それでいいそうで、リーダーがそんな説明をしてるところで、三線(しゃんせん)と、口笛を演奏し始め、最初、ゆっくりのリズムで・・・そして、いわゆる「ハイサイおじさん」リズムで演奏し、観客のみなさんも♪♪ ってあおると、結構なお客さんが盛り上がって前に出て来てました。
私も最初から見てたら、「下職会」の宴会要員・・・まず迷いなく出ていたことでしょうが、さすがに入ったばかりでその気合はなかったです(爆)
で、今度は「ハブショー」を見よう・・・で、コレが終われば丁度時間切れだろう・・・という提案で、ハブ園に行きました。
ゲ・・・料金別かいっ・・・ただ、ツアーのバッジをつけてる関係で、団体ワクになり、600えんが500えんになりました。
ハブの資料館を見たあと、ハブショーが始まりました。
ココも台湾の方が多く、説明のヒトも、ある程度中国語の単語はわかるようで、少し、中国語を交ぜて説明しておりました。
ハブの特性と、コブラの特性を説明してました。ある意味動きに関してはハブの方がやばいようで、コブラは、後ろが死角になるとかで、前を注意してると、後ろは棒で平気でドツけるそうで、それをやって笑いとってました。
その後、前だったら決闘ショーだったのですが、今はそれはダメ、その代わりに、ココでは競泳をさせてました(笑)
で、最後にマングースに数字あてをやらせてるんですが、お好みの数字を「ごきげんよう」(フジサンケイグループ系)サイコロで出すんですが、振ってくれるお客さんが居なさそうだったので、私が・・・
8が出たのですが、マングース、最初に入ったのが6・・・
で、やり直しで、もうイッチョやらせたら、無事入りました。
で、私には、振ってくれたギャラ(?)で、アトラクションの「マングースルーレット」の1回タダ券をくれました。
ショーが終わってやってみたのですが、結局ハズレ(笑)、ハズレ賞で、小物をいただきました。
バスに戻る際、添乗員さんがいたので、「これもらいましたぁ♪」ゆうて見せたんですが、「中になんか入ってません?」って、少々ブルってたので、開けながら、「わっ!!」ゆうて驚かせたら、結構驚いておりました♪
その後、那覇ショッピングセンターに立ち寄り、その後、「国際通り・牧志 公設市場」観光・・・
しっかし・・・1時間以上、ナニ見て回ろう?・・・昨日も行ってるんだぜぇ(笑)
にしても、中央部から、県庁と反対側は見てないので、そっちを歩いてみよう、そして、市場通りの服屋もチェックだ(笑)
市場通り、そうですね、東京あたりで言う「アメ横」っぽい場所で、モノが安いです・・・公設市場のまわりは食料品なんかも多いです。
で、短パンが安かったので1つゲット・・・そろそろ、旅先で服なんか買いまくるクセは直さないといけねぇなぁ・・・って反省・・・せんだろうな、こヤツは(笑)
で市場前あたりに戻れちゃうと、あとは、前の日に見た通りを歩くようになります。まさしく時間つぶしです。
それにしても、この「国際通り」、いわゆる、日本の通りというより、アジアの通り的な感じなんですね・・・あまり高層の建物もないですし、通りに面してる店が、結構古そうなたたずまいのトコもありまして、なんか、いい感じなんです。
にしても、沖縄の観光みやげ、大体はドコの店も、ネタが同じでしてねぇ・・・
観光立県ゆうてましたが、その辺のモノがあまりにも規模がデカイんでしょうか?・・・物産に小回りが効いてねぇよなぁ・・・ってのは、正直、率直な感想です。
その中で、国際通り、公設市場近辺は、全てにおいて、安く設定してくれてるようで、まぁ、おみやげ、ココで一通り買っちゃってもOK・・・って、見て回った感想がコレだったりします(笑) だって、安いんだもん(* ̄m ̄)ぷっ
途中、○ッテリアで時間を潰し、歩いていると集合時間10分前に設定したアラームが鳴る・・・
よし、戻ろう・・・
定時にバスに乗り込み・・・目指すは空港、そして、ガイドさんともココでお別れです。
で、帰りの飛行機のボーディングパスを手配してくれ、私どもに渡してくれれば、添乗員さんともココでお別れになります。
いままで、国内旅行のツアー、旅行会社はろくなモンじゃない・・・ってイメージがありましたが、今回のツアー、現場サイドの動きが最高によく、正直、そういう意味では、感涙に値しました。
バスの乗務員さん、そして、旅行屋の添乗員さんにはこんなモンで表しても説得力ないと思いますが、深く感謝しております。
ところで、添乗員さんですが、出身は埼玉だそうで、沖縄の地がスキだったと言うことで、沖縄の添乗員として就職し、かの地に住んでるそうです。
さて、帰りの飛行機、羽田に着いてからの段取りを考えると、出きれば駅の券売機で買うより、那覇の空港に券売機でもあればそこで買いたい・・・
で、このツアーの前日、時の業界メンバーで飲んだくれたワケなんですが、そこで、本社勤めのメンバーが、「那覇空港には券売機置きました」というコメントをもらっていましたので、ここで買うしかない♪
みんなにはそれをかなり強めに勧めて、飛行機に乗り込みました。
で、飛行機の中で、羽田空港駅からの○浜○行の段取りを考えました。到着は21:15・・・
ほなら、21:38発の電車に乗ると、蒲田で12両の快特かぁ・・・後ろに乗れば逗子までまっつぐだなぁ・・・コレ、乗りたいなぁ・・・
ということで、みんなに号令かけまして(笑)、羽田に着いてから、この電車に乗りましょう♪♪♪ ってハナシを振りまくりました。
一応、空港で別ルートって方もいましたので、空港にて解散のあいさつを受け、一目散に羽田空港駅へ・・・例によって券売機は人だかり、コレを考えてみても、那覇で乗車券をゲットしておいて正解なんですね♪
狙っていた列車が到着するタイミングでホームに到着、ソツなく逗子まで到着しました。
それにしても、沖縄・・・今度はポイントを絞ってもうイッチョ行ってみたい所でした。
にしても、今度は行くとしたらゼニかかりそうだなぁ・・・